アラフォー世代が経験した中学受験体験談と受験勉強で得たこと(前編)

中学受験生活
中学受験生活
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こんにちは、「中学受験の羅針盤」運営者の結衣です。

今回は、約30年前の筆者の中学受験経験を少し振り返ってみようと思います。

筆者は小3からの3年間の通塾といたってスタンダードな中学受験生活でしたが、ほかの方もそうであるように中学受験の経験は唯一無二!

現在の中学受験に直接役立つ内容ではありませんが、回顧録のエッセイとしてお楽しみいただければ幸いです。

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小3時点の筆者のスペック

小3当時の筆者は、特に優等生ではありませんでした。

クラスの中ではおとなしく、自分から手を挙げて意見を言ったり、グループをまとめたりするのも苦手。

学校のテストも毎回100点ではなく、中の上ぐらいといったところでしょうか。

小3のある日、社会の授業で白地図に都道府県名を書かせるテストをやったらクラス1番になって驚かれた記憶がありますが、それ以外で特に秀でたところはありませんでした。

学校の勉強以外には…
  • 幼稚園で公文に行ったが、宿題の多さに挫折。
  • 学研の『学習』『科学』を定期購読。
  • 『小学○年生』もよく買ってもらった。
  • 進研ゼミをやっていて、添削問題は割と提出していた。
    (シールを集めてキーボードをもらった)
  • 進研ゼミ以外の通信教育もいくつかやったが続かなかった。
  • 図書館に行ってよく本を読んでいた。
  • 消しゴムのカスを集めて練り消しを作ったり、学校の水道にある液体石けんと水のりを混ぜてスライムを作ったりしていた。
  • 実験や工作が好きだった。
  • 高学年のとき、親とワープロ教室に通っていた。
  • 下にきょうだいがいたので、よく面倒を見ていた。

母は教育熱心なほうでしたが、「勉強しなさい!」とガミガミ言うタイプではありませんでした。

中学受験の始まり

入塾まで

当時の記憶はないですが、母曰く「私が中学受験をしたいと言った」とのこと。

本当に??

小3、9歳が私立中学に入りたいって自分から言う??

(しかも30年前)

でも、地元の中学が有名なヤンキー校だったので、行きたくなかったのはありました。

当時は、ヤンキーの見本みたいなのが普通に歩いてたんですよ…。

といまでも謎ですが、とりあえず現在も標準コースである小3冬に、某中学受験塾の入塾テストを受けました。

当時は、いまほど中学受験がメジャーではないのでもちろん入塾テスト対策などしていません。
(30人クラスに4、5人程度)

たぶん、よほど成績が悪くなければ入塾できたんだと思います。

塾の金脈ですからね。

無事合格し、入塾の運びとなりました。

塾のカラーに染まる

筆者が通っていた塾は当時から、ブランディングに力を入れていたように思います。

イニシャルの入ったバカでかいカバンを肩に下げ、塾のロゴの入ったノートや鉛筆を買っていました。

テキストは、辞書のようにぶ厚く重かったです。

全国の難関私立中学校の入試問題が掲載されているので、嫌でも御三家やそれに近いレベルの学校名は覚えてしまいます。

もはや、刷り込みと言ってもいいでしょう。

通塾は結構大変

塾の場所は、自宅からバスと電車を乗り継ぎ、最寄り駅からも徒歩15分。

平日は近所の子と一緒に通い、週末は父が車で送迎してくれました。

利用路線は首都圏屈指の混雑率・痴漢発生率を誇る路線だったので、小学校高学年から痴漢・変質者に遭いまくりでしたよ!

別に母に相談したりもなく…そんなものだと思っていました。

女の子のお母さんは、本当に気を付けてください。。。

送迎ありきか、徒歩圏内の塾がベストです。

入塾後の生活

毎週突きつけられる自分のランク

中学受験マンガ『二月の勝者-絶対合格の教室-』でも、クラス分けテストの成績順で席が決まっていて、「どこの塾でもやっていることよ」というセリフが出てきます。

というと、30年前から変わっていないことになりますが、まあこれは同じ目標を持った生徒を切磋琢磨させるには、理にかなったやり方ですよね。

当時は、バリバリの学歴偏重社会で基準は偏差値。

難関私立中学

 ↓

難関大学

 ↓

大企業・公務員・医師・士業など

になるのが人生バラ色コースだと信じられていました。

しかし、当時の中学受験生は、筆者を含め「大人になったらすっかり社会の価値観が変わってるんだけど!」とクレームを付けたくなる人も多いのではないでしょうか。

閑話休題。

塾では、毎週土曜日にその週に学んだことを確認するテストがあり、月1回の日曜日は大学の会場で公開模試を受けていました。

慶応義塾大学やお茶の水女子大学などに行ったことをうっすら覚えています。
(水道橋あたりが多かった)

「いずれは難関大学に入るんだ!」というモチベづくりにも一役買っていたのかもしれません。

そして、翌週は週末のテストの成績順でクラスの席が決まります。

=毎週席順が変わる。

テストを受けなかった人は自動的に最後列ですが、成績が下がってどんどん席が後ろになるいたたまれなさったら…。

「自分より前に座っている子は、自分より成績がいい」ということを常に突きつけられるんですからね。

どこの塾でも同じかもしれませんが、最前列のメンバーはほぼ固定されています。

クラス分けテストで上のクラスに行くといなくなりますが、席順が変わってもクラスはそうそう動かない感じでした。

だから、入塾のスタートラインから上位クラスに食い込んでおくのが良いんですね。

最上位クラスと最下位クラスでは、教えるレベル・講師の質も違いますからね。

せっかく高い授業料を払って塾に入れたのに、水を得た魚のようになんでも吸収する地頭が良い子と、基礎を重ねている段階の子が同じクラスにいたら効率良く勉強ができません。

仕方のないことです。

筆者の通っていた塾では、毎週毛筆で書かれた成績上位者の名前が壁に貼り出されていました。

正確には覚えていないですが、上位50位ぐらいでしたでしょうか。

ここもメンバーは多少入れ替えがあるもののほぼ固定で、たまに自分の名前が入ってたときは嬉しかったですね~。
(塾内の順位ですが)

公開模試で全国の順位を知る

月1の公開模試後は、全国順位、点数、偏差値などが冊子となって戻ってきます。

これはいまもそこまで変わらないようですが、

  • 表紙に名前が載る上位20位
  • 漢字名で載る上位50位
  • 残りはカタカナ

で、同じ学校で最上位クラスにいた同級生は、毎回漢字かカタカナで名前が載っていました。
(全国でも最低100位以内?)

実際に、神奈川の男子御三家→W大学へと進学しています。

一方、筆者は…

年に数回、奇跡で最後尾にカタカナで掲載。

でも、これは嬉しかったですね~。

親に見せて喜んで報告していました。

でも、親はたぶんわが子の出来具合は分かっていたので、筆者の偏差値相応の学校以外は薦めませんでした。

そこまで頭は良くないけれど、校風や環境が良さそうなところで6年間を過ごしてほしいというスタンスだったんだと思います。

下にきょうだいがいたことで、そこまで中学受験にパワーが集中されることがなかったのも幸いでした。

友達は中学受験に向いている子だった

前述の通り、塾には幼馴染の友達と通っていました。

友達の成績は、筆者と同レベルか少し上ぐらいでしょうか?

塾のクラスは違っていたのですが、上だったのか下だったのかは記憶にありません。

この子はいま考えると、小学校高学年にして、有言実行の子でした。

この子がすごいのは、終始目標が一貫していたところです。

最初から第一志望の女子校が決まっていて、3年間ぶれることなく志望校対策をしていました。

「この学校が好き」「この学校に入るんだ!」という強い意志が継続していて、そこはいま考えても評価できる点でした。

受験番号が1番だと落ちるというジンクスを信じ、お母さんがちゃんと2番をゲット。

見事、第一志望に合格した「二月の勝者」でした。

3年間、同じ成績をキープして高望みすることなく目標を達成できたのは、純粋にすごいことだなと思います。

志望校選びの段階でブレブレになることも多いですからね。

学ぶ楽しさを教えてくれた塾の先生

筆者は3年間、中の下~中の上クラスを行き来していたので、最上位クラスのカリスマ講師みたいなのには教わったことがありません。

『二月の勝者-絶対合格の教室-』の灰谷先生(フェニックス最上位クラス担当)みたいな先生のことね!

それでも、どの先生も授業が魅力的でした。

理科・社会の暗記ものを笑える語呂合わせで教えてくれたり、先生の自画像のイラストをシールにしてよくできた子に配ったり、とにかくテンポが良くて笑いの絶えない授業が多かったです。

そこは、学校の先生との大きな違いでした。

当時、学校の担任には正直恵まれていなかったので、学校以外にも先生がいるのは良い刺激だったと思います。

また、小5の夏に一度だけSの夏期講習に通ったことがあります。

当時は、4大受験塾はなくて、中学受験といえばYとN、あとは中○学院とか。

Sが当時進出し始めた時期でたまたま見つけたのか、当時塾の成績が伸び悩んでいたので母が戦略変更で投入したのか不明ですが…。

当時から「頭がいい子しか通えない塾」というイメージがあったので、最初からターゲットは絞っていたと思われます。

Sの夏期講習の成果はどうだったのか、まったく記憶にありませんが、Sの先生の授業はおもしろい! と思ったことだけは覚えています。(それだけかよ!!)

同じクラスの女子ともすぐに仲良くなりましたが、結局Sに転塾することはありませんでした。

(成績の問題?)

長くなってきたので、アラフォー世代が経験した中学受験体験談と受験勉強で得たこと(後編)に続きます!

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